6年で一番やめたくなった瞬間|それでも完全にはゼロにしなかった話

この記事は、副業を6年続けてきた私が、その中で一番「もうやめよう」と思った時期のことを書いたものです。

うまくいった話ではありません。むしろ、心が折れかけて、何もかも投げ出したくなった時期の話です。それでも結果として続けてこられたので、同じように今しんどい人に、少しでも届けばと思って書きました。

かっこいい乗り越え方は出てきません。情けない部分も、そのまま書きます。

順調だったわけではなかった

副業6年と言うと、コツコツ積み上げてきたように聞こえるかもしれません。でも実際は、まっすぐ右肩上がりだったことなんて、一度もありませんでした。

最初の3年はほぼ0円。その後も、少し手応えが出たかと思えば、また何も反応がなくなる。進んでいるのか止まっているのか、自分でもよく分からない時期が、ずっと続いていました。

それでもなんとか続けてこられたのは、どこかで「いつか報われるかもしれない」という小さな期待があったからだと思います。その期待が、いちばん細くなった瞬間が、私にもありました。

期待というのは、燃料のようなものだと思います。あれば動けるけれど、それが尽きかけると、とたんに体が重くなる。続けることがしんどくなるのは、たいてい、この燃料が底をついたときでした。

一番やめたくなった時期のこと

それは、副業を始めて4年目あたりのことでした。会社の仕事が特に忙しく、心も体も、かなり疲れていた時期です。

帰宅して、家族が寝静まったあと、机に向かう。本当はもう布団に入りたいのに、無理やり体を起こして作業する。それなのに、何の手応えもない。そんな日が、何週間も続いていました。

体の疲れは、寝れば多少は回復します。でも、心の疲れは、寝ても抜けないことがあります。朝起きた瞬間からもう重たい。そういう日が続くと、何のために頑張っているのか、自分でも分からなくなってくるのです。

ある夜、ふと「自分は何のためにこれをやっているんだろう」と思いました。睡眠時間を削って、家族との時間も少し犠牲にして、それで得られているものが、ほとんど何もない。そう感じた瞬間、すっと力が抜けていきました。

涙が出たとか、そういう劇的なことではありません。ただ、心の中の火が、ふっと小さくなったような感覚でした。「もう、いいかな」。その一言が、自然に浮かんできたのを覚えています。

不思議なもので、あれだけ続けたいと思っていたはずなのに、いざ心が疲れると、やめる理由のほうがいくらでも見つかります。時間がない。成果がない。家族に悪い。どれも本当のことで、だからこそ、反論する気力もわきませんでした。

しんどさの正体は、成果のなさだけではなかった

あとから振り返ると、あのときのしんどさは、成果が出ないことだけが理由ではありませんでした。

一番こたえたのは、「誰にも言えない」ことでした。副業のことを大きく周りに話していたわけではなく、うまくいかない苦しさを、ほとんど一人で抱えていました。会社では普通に働き、家では普通の父親でいながら、自分の中だけで小さくしぼんでいく感じ。それが、地味に効いてきました。

それから、まわりとの比較もありました。SNSを開けば、誰かが成果を出している。同じ時期に始めた人が、先に進んでいるように見える。それを横目に、いつまでも芽が出ない自分を比べては、こっそり落ち込んでいました。

成果が出ないこと、孤独であること、人と比べてしまうこと。それが全部重なって、あの時期の「やめたい」は、いつになく重たいものになっていたのだと思います。

支援の仕事では、人の孤独や比較のつらさに、いつも向き合ってきました。それなのに、いざ自分が同じ状況に立つと、頭で分かっていることと、心が感じることは、まるで別物でした。専門職だからといって、自分の心がうまく扱えるわけではないと、改めて思い知りました。

やめなかったのは、強かったからではない

ここで「強い意志で乗り越えた」と書ければ格好いいのですが、まったくそうではありません。私がやめなかったのは、強かったからではなく、むしろ中途半端だったからです。

きっぱりやめる決断をするのも、それはそれでエネルギーがいります。当時の私には、やめると宣言するだけの気力すら残っていませんでした。だから、はっきりやめたわけでもなく、ただ手が止まっていた、という状態がしばらく続きました。

完全にやめてしまうのではなく、「今日はやらない」「今週は休む」を、ずるずると続けていた感じです。情けないですが、その曖昧さが、結果的に私を救ってくれたのかもしれません。完全にゼロにはしなかった。それだけでした。

今思えば、これは支援の現場で「続けられる人」に共通していたことと、まったく同じでした。調子が悪い日は、無理をしない。でも完全にはやめない。人に伝えてきたことを、私はこのとき、自分の人生で初めてなぞっていたのだと思います。

小さなきっかけで、また少しだけ動けた

しばらく手が止まっていた私が、また少しずつ動けるようになったのは、本当にささいなきっかけからでした。

大きな成功があったわけではありません。ただ、ある日たまたま、過去に自分が書いたものに、ひとつだけ短い反応がついていたのを見つけたのです。「参考になりました」というような、それだけの一言でした。

もしかしたら、書いた相手はもう忘れているくらいの、軽い一言だったかもしれません。でも、受け取った私にとっては、暗い部屋にぽつんと灯がともったような出来事でした。人の何気ない一言が、こんなにも誰かを支えることがあるのだと、このとき初めて実感しました。

特別なことではありません。でも、誰にも届いていないと思っていたものが、たった一人にでも届いていた。それが分かっただけで、消えかけていた火が、もう一度ほんの少しだけ、ともった気がしました。

そこから、また「今日できることだけやってみよう」と思えるようになりました。一気に立ち直ったわけではありません。ゆっくり、少しずつ、です。

立ち直りというより、「また少しだけやってみてもいいか」と思えるようになった、という程度でした。それでも、ゼロからまた火がともる感覚は、私にとって大きなものでした。あの一言を残してくれた人に、今でも静かに感謝しています。

谷の時期があったから、見えたもの

あのやめたくなった時期は、正直もう二度と味わいたくありません。でも、あの谷があったからこそ、見えたものもあります。

ひとつは、自分は大きな成果のためではなく、「ほんの少しでも誰かに届くこと」のために続けているのだ、という気づきです。あの一言の反応に救われたことが、それをはっきり教えてくれました。

もうひとつは、しんどいときは無理に頑張らなくていい、ということです。完全にやめずに、ただ手を止めて休む。それも立派な続け方なのだと、身をもって知りました。

谷の底にいるときは、それが永遠に続くように感じます。でも、後から振り返ると、あれは通り道のひとつでした。底にいたからこそ、その先で初めての★5評価をもらえた喜びも、より深く感じられたのだと思います。

もし、あの谷であっさりやめてしまっていたら。その先にあった「ありがとう」も、★5の夜も、私は知らないままだったはずです。そう考えると、踏みとどまったというより、ただ完全にやめなかっただけのことが、思いのほか大事だったのだと感じます。

今、やめたくなっている人へ

もし今、何かを続けていて、「もうやめたい」と思っている人がいたら、最後にこれだけ伝えたいです。

やめたくなるのは、弱いからではありません。それだけ真剣に取り組んできた証拠です。むしろ、一度も投げ出したくならない人のほうが、珍しいのかもしれません。

支援の現場でも、「やめたい」と口にする人を、私は何度も見てきました。そのたびに思うのは、その言葉が出るのは、それだけその人が踏ん張ってきたからだ、ということです。やめたいと思えるほど頑張った。まずは、そんな自分を少しだけ認めてあげてほしいと思います。

そして、きっぱりやめなくても大丈夫です。「今日はやらない」でいい。「今週は休む」でいい。完全にゼロにしなければ、また動きたくなった日に、そっと戻ってこられます。私がそうでした。

立派に乗り越える必要はありません。情けないまま、中途半端なまま、それでも細々と続けていく。そういう続け方も、ちゃんとあります。私も、いまだにその途中にいます。一緒に、ゆっくりいきましょう。

今でも、しんどくなる日はあります。たぶんこの先も、何度も「やめたい」と思う瞬間が来るのでしょう。それでも、一度あの谷を通り抜けられた経験が、私には小さなお守りのようになっています。完璧じゃなくていい。止まってもいい。それだけ覚えておけたら、きっとまた歩き出せます。

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