クラウドワークスで初受注した日のこと|副業6年目で初めて「ありがとう」と言われた

この記事は、副業で大きく稼いだ話ではありません。副業6年目にして、初めて誰かに「ありがとう」と言ってもらえた日の話です。

クラウドワークスで、初めて仕事を受注した日のことを、私はたぶん一生忘れない。金額にすれば、本当に小さなものだった。でも、副業を始めて6年目にして、私は初めて「自分の手で稼いだお金」と「ありがとう」という言葉を、同時に受け取ったのだ。

この記事は、稼ぐためのノウハウの話ではない。手取り28万円・住宅ローンあり・家族持ちの、どこにでもいる40代会社員が、なぜ成果の出ない6年を続けられたのか。その、ただの記録だ。もし今、あなたが「自分には向いていないのかもしれない」と思っているなら、少しだけ読んでみてほしい。

副業を始めた頃は簡単に稼げると思っていた

正直に 白状すると、副業を始めた頃の私は、かなり甘く考えていた。

当時、世の中には「副業で月10万」「スキマ時間で稼ぐ」という言葉があふれていた。私は社会福祉士と精神保健福祉士の資格を持っていて、就労移行支援の現場で長く働いてきた。人の「働く」を支える仕事をしてきたのだから、自分の働き方くらい、なんとかなるだろう。そんな根拠のない自信があった。

手取りは28万円。住宅ローンを抱え、子どももいる。給料が大きく増える見込みはない。それでも「ちょっと頑張れば、月に数万円くらいはすぐだろう」と、私は本気で思っていた。今思えば、その「すぐ」という感覚こそが、最初のつまずきだった。

最初の3年はほぼ0円だった

結論から言うと、最初の3年間、私の副業収入はほぼ0円だった。

ブログを書いてみたり、いろいろなサービスに登録してみたり。やってみたことだけは多かった。でも、どれも続かないか、続いても成果が出ないかのどちらかだった。記事を書いても誰にも読まれない。何かを始めても反応がない。「いいね」の数字だけを見て、一喜一憂して、また落ち込む。その繰り返しだった。

一番つらかったのは、お金が稼げないことそのものより、「自分は何をやっているんだろう」という感覚だった。平日は本業で疲れ、休みの日は家族の時間を削って机に向かう。なのに、何も生まれない。妻に申し訳なく、子どもにも申し訳なく、何より、頑張っている自分が報われないことが、じわじわと心を削っていった。

就労支援の現場では、私は利用者さんに「焦らなくていい」「続けることに意味がある」と言ってきた。でも、自分のこととなると、その言葉がまるで信じられなかった。支援する側の言葉は、自分には効かなかったのだ。

夜中に、誰も読まない記事の管理画面を開いて、アクセス数の「0」をただ眺めていたことがある。隣の部屋では家族が寝ている。私は何のために、こんなことをしているんだろう。

そう思いながら、それでもパソコンを閉じられなかった。閉じてしまったら、自分が積み上げてきたつもりの時間が、全部なかったことになる気がした。今振り返ると、あの「0」を見つめていた時間こそが、私の副業の本当のスタートだったのかもしれない。

何度も、やめようと思った。実際、半分やめていた時期もある。それでも完全にはやめなかったのは、立派な理由があったからではない。ただ「ここでやめたら、本当に何も変わらないまま終わる」という、漠然とした怖さがあっただけだった。

クラウドワークスに登録した理由

クラウドワークスに登録したのは、正直に言えば「他に思いつかなかったから」に近い。

ブログは成果が出るまでに時間がかかる。自分の発信に自信も持てない。それなら、すでに「仕事を頼みたい人」がいる場所に行ってみよう。誰かが必要としている仕事を、直接やってみよう。そう考えた。

ただ、登録してからも、しばらくは動けなかった。「自分なんかが応募していいのか」「経験のない分野で、迷惑をかけたらどうしよう」。応募ボタンの前で、何度も手が止まった。6年も成果が出なかった人間が、今さらうまくいくはずがない——そういう声が、頭の中でずっと鳴っていた。

それでも応募できたのは、ひとつだけ、自分に言い聞かせたからだ。「うまくやろうとしなくていい。ただ、目の前の一件に、誠実に向き合えばいい」。福祉の現場で、私がずっと大事にしてきたことだった。結局、自分を動かしたのは、テクニックでも自信でもなく、これまでの仕事で培った「目の前の人に誠実であろう」という感覚だった。

それでも、最初の応募文を書くのには、丸一日かかった。何度も書いては消し、消しては書いた。自分を大きく見せようとしては、嘘くさくてやめる。結局、できることとできないことを正直に書いて、「精一杯やります」とだけ添えた。飾らない文章だった。でも、その飾らなさが、もしかしたら相手に届いたのかもしれない。

初受注の通知を見た瞬間

初めての受注通知は、平日の夜、仕事から帰ってスマホを見たときに届いていた。

画面に表示された「契約が成立しました」という文字を、私は何度も読み返した。最初は、何かの間違いかと思った。本当に、自分が選ばれたのか。誰かが、私に仕事を頼んでくれたのか。

うれしい、という単純な感情ではなかった。それよりも先に込み上げてきたのは、6年分の何かが、ようやく報われたような、不思議な感覚だった。0円だった3年。何度もやめようとした夜。誰にも読まれなかった記事。そのすべてが、この小さな通知ひとつのために続いてきたような気がして、私は台所で一人、しばらく動けなかった。

金額は、本当に小さかった。時給に換算したら、笑ってしまうような額かもしれない。でも、そのときの私にとって、その数字の大きさは、まったく問題ではなかった。「私の仕事に、お金を払ってくれる人がいる」。その事実だけで、十分だった。

納品するまでずっと不安だった

ただ、喜びに浸っていられたのは、ほんの一瞬だった。受注した次の瞬間から、今度は不安が押し寄せてきた。

「期待に応えられなかったらどうしよう」「途中で『やっぱり違う』と言われたら」「自分の文章なんかで、お金をもらっていいのか」。納品するまでの数日間、私はずっと落ち着かなかった。本業の合間も、頭のどこかでその仕事のことを考えていた。

結局、私にできたのは、特別なことではなかった。クライアントの要望を何度も読み返し、分からないところは正直に質問し、自分なりに精一杯のものを作って、丁寧に納品する。それだけだった。派手なスキルも、裏ワザもない。ただ、目の前の一件に、誠実に向き合った。それしかできなかった。

納品ボタンを押したあとも、しばらくは「これでよかったのか」という不安が消えなかった。返事が来るまでの時間が、やけに長く感じた。

待っているあいだ、私は何度も「もし低い評価だったら」と想像しては、勝手に落ち込んでいた。6年も成果が出なかった人間だ。きっと、自分の力なんてこんなものだと、また思い知らされるに違いない。心のどこかで、悪い結果を先に受け入れようとしていた。そうやって自分を守ろうとするのは、3年間の0円が私に教えた、悲しい癖だった。

★5評価をもらった日のこと

クライアントからの評価が届いたのは、納品から少し経った後だった。

★5。そして、短いけれど、たしかに「ありがとうございました」という言葉が添えられていた。

その「ありがとう」を見たとき、私は、自分でも意外なほど胸が熱くなった。考えてみれば、副業を始めて6年、私は一度も、自分の発信や仕事に対して、誰かから直接「ありがとう」と言われたことがなかったのだ。数字も、反応も、ずっとゼロに近かった。だから、その一言の重さが、ひときわ深く染みた。

福祉の仕事では、私は「ありがとう」を言われる側にいることも多かった。でも、自分の意思で始めた副業で、まったくゼロから関係を築いた相手から、自分の働きに対してもらう「ありがとう」は、それとはまた違う種類の重みがあった。「会社員の私」でも「資格を持つ私」でもなく、ただ「一人の私」として認めてもらえた気がした。

その夜、私は妻にそのことを話した。「初めて、仕事をもらえたよ。★5だった」。たったそれだけのことなのに、声が少し震えた。

妻は「よかったね」と笑ってくれた。6年間、心配をかけ続けた相手に、ようやく小さな報告ができた。金額にすれば何でもない一件が、私たち家族にとっては、たしかに一つの区切りだった。

成功した、とは思わない。たった一件、小さな仕事を納品しただけだ。でも、その日、私の中で何かが確実に変わった。「自分にもできた」という事実は、6年分のどんな言葉よりも、私を静かに前へ押し出してくれた。

6年続けて分かったこと

6年続けてみて、分かったことがいくつかある。

ひとつは、成果が出ないのは、自分に才能がないからではなく、ただ「まだ出ていないだけ」のことが多い、ということ。すぐに結果が出る人もいる。でも多くの人は、しばらく何も起きない時期を通る。私の場合、それが3年だった。長かったけれど、その3年がなければ、あの「ありがとう」の重みも分からなかったと思う。

もうひとつは、続けるために必要なのは、強い意志でも、特別なスキルでもないということ。私を続けさせたのは「ここでやめたら何も変わらない」という小さな怖さと、「目の前の一件に誠実に」という、仕事で培った感覚だけだった。派手な決意は、一度もなかった。

そして、一番大きな気づきは、これだ。私は途中から、「成功者になろうとするのをやめた」。月10万を稼ぐすごい人になろうとするのではなく、ただ、目の前の小さな仕事に誠実でいよう。普通の40代会社員のままでいい。そう思えたとき、肩の力が抜けて、不思議と続けられるようになった。

だから、もし今あなたが、成果が出ずに「自分には向いていないのかも」と思っているなら、私はこう伝えたい。焦らなくていい。すごい人にならなくていい。ただ、もう少しだけ、続けてみてほしい。その先に、あなただけの小さな「ありがとう」が、きっと待っている。私がそうだったように。

この「初受注までの6年」を、もう少し全体の流れとして書いた記事もあります。なぜ続けられたのか、その全記録に興味を持ってくださったなら、あわせて読んでみてください。

副業6年、最初の3年はほぼ0円だった全記録|このブログの看板記事です。6年の歩みを正直に書いています

40代会社員の副業まとめ|「自分も何か始めてみようかな」と思ってくださったなら、始め方の全体像はこちら

\ 最後まで読んでいただきありがとうございます /

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